おはようございます。ヒーリングサロンひまわり masakoです。
今日は久しぶりにお知らせ関係ではない記事を書いてみようと思います。
講座やセッションを通じて時折聞かれるのが、「masakoさんは見えないものを視たり感じたりしているけれど、普段の生活でも同じことが起こっているの?」という質問。
つまり、サロンで一人で仕事をしている時やお客様がいる時、あるいは外出中などに「何かが見えたりするのかしら?」とか「他の人のエネルギーで疲れたりしないのかしら?」というようなことですね。
今回は、あくまでも後からサイキック能力を開花させた人のケースです。
まず結論から言うと、答えはNO。
私が見えないものを視たり感じたりするのは、あくまでも「そうする」と決めた時だけ。
だから、普段の生活で見ることはありません。
もちろん、他の人のエネルギーで疲れるなんて、一度も経験したことはありません。
過去に幽霊と呼ばれる存在(浮遊霊や地縛霊を含めて)を感じたことは、ほんの数回。
こういう存在を視たいとも思わないし、そういう存在に憑かれるとか絶対にイヤ。
だからこそ、自分自身のクリアリングをしっかりすることが大事だと考えています。
個人的な考えですが、意識を合わせていない時に見えないはずのものを視たり感じたりするのは、その人がそういう状況を望んでいるからだと思います。
たとえば、誰かに「天使の存在を感じた!」という経験を言ってみたいと考えている人。
そういう人は意識を合わせてもいないのに、何かを感じることがあるかもしれません。
でも、言い換えれば、自分のエネルギーが無防備になっている証拠で、本当は良い状態ではないと思うのです。
つながった存在が天使かどうか確認する方法が分からないのであれば、頼んでいないのにアクセスしてくる存在は願い下げです。
危険が迫っている・・・というような状況で聞こえてくる場合は別ですけどね。
私が「地に足の着いたセラピストでありたい」と言っているのは、「一人の人間として生きていることを忘れてはならない」という考えがあるから。
24時間365日いつでも上と繋がっている(見えないエネルギーと繋がっている)状態は、自分の人生をしっかり歩むことを忘れてしまっている、と思うのです。
たとえば私自身は母であり、妻であり、子であり、masakoという人間として趣味を楽しむ時間もあります。
つまり、精神世界に関わっている時間だけが私の1日を占めているわけではありません。
あくまでも1つの側面というだけのこと。
精神世界(スピリチュアル)に興味を持つことを否定しません。
私は興味を持つというより、単に形而上学で伝えていることが当たり前と感じているだけ。
なぜなら、精神世界で伝えようとしているのは【無条件の愛】という、私たち一人ひとりが軸にすべきものだから。
人と接して(またはセッションをして)疲れるということは、本来はあり得ないと思います。
セラピストは、無条件の愛を中継する器として存在します。
その無条件の愛に触れて、幸せで元気になることはあっても、疲れることはないです。
あくまでも仮定の話ですが、たとえお客様が自分より波動の低いエネルギーを持っていたとしても、無条件の愛で一時的にその人も高い波動になるので、疲れるはずはありません。
私が目標とするのは、たとえ一時的でもお客様が波動の高い状態でいられるサポートをすること。
たとえば現代レイキのレベル3では「精神性の向上」がテーマで、「すべての物事に対して淡々と受けとめ、するべきことをする」という教えがありますが、お客様をその地点に導くことができたらセラピストとしての自分は卒業できるのかもしれないと思うことがあります。
シータヒーリング®では「第7層につながる」というのがすべてのスタート地点になるのですが、受講生さんから「ここ(サロン)では、とても簡単につながっていると感じられるんですよね」という言葉を聞くことがあります。
もし私が少しでも目標に近づけているのであれば、これはあり得ることかもしれません。
仕事以外の場所で一人の人間として存在している時も、一定の無条件の愛を持って他者と接していれば、変なエネルギーをもらうこともないでしょうし、疲れることもないでしょう。
こういうことをお話できるお茶会をしたいな〜と思うのですが、興味のある人はいるかしら?
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